Find Their Own Ways
Vol.3 新しい価値を育てていく

/ nichidori (観葉植物生産者)
Find Their Own Ways
Vol.3 新しい価値を育てていく / nichidori (観葉植物生産者)
TAKESHI OMURA
Ornamental Plant Grower

植物を育て愛し続ける

おおらかなエネルギー

「植物を通して、園芸農家の新しい価値観を作っていきたい」

植物のことを語る時、自然と言葉に力が入る。我が子のような植物への想いと愛情がそうさせるのだろう。
多くのバイヤーたちは、“彼らにしか作れないものだから”、“彼らが作ったから買いたい”と求め、手に取る。
植物をとことん追求し育ててきたからこそ、nichidori は新しい価値を形にできる。

大村剛史さんが観葉植物の生産業を営んでいた両親の後を継いだのは、大学卒業後すぐのこと。就職して社会に出る選択肢もあったが、継いでくれたらという両親の想いと、決めたことは途中で辞めたくないから働けなくなるまで続けられる仕事を、という芯の強い性格が就農の決め手になった。

見習い期間は7年。ベンジャミンだけを作り続けた。

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「主な卸先が量販店やホームセンターだったので、1種類の植物を大量生産していました。うちはベンジャミン。同じことを続けるだけなので、管理も楽。でもそれでは僕は、満足できなかった。例えて言うなら両親は、デニムやTシャツだけを扱う専門店。僕が目指したかったのは、セレクトショップ。農業だけの感覚に囚われるのは面白味がない、視野を広げて他業種でも面白いと思うところを目指す方が、個性が出るはず。その実現を信じて2代目を受け継ぎました」

巷にありふれているものであっても自分たちがいいと思う形にして、それが認められたら。
ベンジャミンしか知らなかった大村さんは、面白い形のものや、可愛いと直感的に響いた植物を買っては育て増やしていった。

わからないことは周りの先輩農家さんたちに相談、アドバイスをもらいながら。

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「動かないと、ずっとわからないまま。飛び込みで教えてくださいとお願いしたり。聞きたいことをメモにまとめて、夕方作業が終わる時間を見計らって先輩農家さんを尋ね、暗くなるまで話を聞きました。夜自宅に戻って本を読みながら勉強して、答え合わせ、そして試す。ここはベンジャミンを作るための温室なので、遮光や屋根の高さで合う合わない植物もありますし、この地域の気候や環境も影響します。僕らの手癖に合わないものもある。そうやって試行錯誤を繰り返しながら種類を、少しずつ増やしていきました。僕らが先輩の歳になったとき、同じように悩む新しい世代が出てきたら、きちんと道案内できる存在でいたい。それが教えてもらった先輩たちへの一番の恩返しだと思うから。そうやって新しいことをする若者が増えたら面白いですよね。きっと僕らも眼から鱗。意見や刺激をもらって、一緒にこの業界を盛り上げて行けたら理想です」

1種類のベンジャミンから始まり、10種類の植物にチャレンジし、今では細かく分けると100種類まで増えた。
ただ種類を増やしたわけではない。ここにあるのはオリジナリティもこだわりも、十分すぎるほどに詰まった100種類だ。

これらに一貫しているのは、作り手自身が部屋におきたいと思う仕立てであること。そして昔からある植物をリバイバルさせること。
彼らは売れるから作っているのではなく、自分たちの心が動く方向を頼りに植物を育て生産している。

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「例えばシェフレラは、中鉢サイズが一般的ですが、うちは盆栽のようにハサミを何回か入れ、あえて小鉢サイズで出しています。昔流行ったけど今はね…とか、10人に聞いたら10人に売れないと言われたりしているうちに、売れるようにする!と反骨精神が芽生えてきました。売れる物をみんなが作っても飽和状態になるだけですから。僕らはみんなが一度捨てた物を拾って、仕立て直し、まるで新しい物として世に出すようにしている。リバイバルです。結果的にうちの定番で人気の商品はそういうリバイバル植物。ただ大量には作らない。たくさん売れるから大量に作るといつでも買えるものになってしまうでしょ?今買っておかないとなくなっちゃうと思わせるくらいがちょうど良かったりする。そうやって僕らは価値を作っているんです」

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家で過ごす時間が増えた昨今、インテリアの一部として植物を家に迎える人が増えているけれど、植物も生きている生き物。枯れたり死んでしまったり、病気になることもある。

でも生き物だからこそ、手を加えてあげたり、治してあげることで、また芽が吹きはじめ、新しい顔を見せてくれる。育て作って販売するだけじゃない、育てる楽しみも伝えたい。

農業という枠に囚われない新しい形に挑戦するため、5年前大村さんは奥様の千莉奈さんとともに、nichidoriとして新たな活動をスタートした。

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一つ一つの考察と挑戦が

心ときちんとつながっている



“日常に緑を”という造語から名付けられた『nichidori』。
緑=植物を通して、いつもの日常を少し豊かにしたい、その願いが込められている。

植物と一緒につける生産者を示すラベルもこだわった。土に刺すタイプは、家の形。まるで家の後ろに大きな木が聳えているように見えるから。大きなサイズの植物にぶら下げるタイプは、生活の1ピースに植物をという意味を込めてパズルのモチーフにしている。

裏面にはnichidoriの連絡先が記されている。植物で困ったことがあれば、すぐに連絡ができるように。これらの豊かな発想と表現は普段の生活や買い物からヒントを得ている。

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「昔から服が好きで、ずっと同じセレクトショップに通っています。そこに行けば好みのものが必ず見つかるし、ライフスタイルにあったものを提案してくれるから。お店の人に会いに行っている感覚もあります。買ったものは、一つ一つに思い出と物語があるから長く大切にするし、捨てられないのも悩み。思い出を買っている感覚に近いかもしれません。僕らも植物においてそう在りたい。nichidoriのだから買ってみようとか、また買いにいこうとか。他の業種の方々がやっているようなことと結びつけられると、植物を作るだけじゃない、また違う農家になれるような気がする。そして刺激や新しいアイディアがもらえる。だから人とのつながりが好きなんです」

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大村さんには職業病がある。テレビやSNSで映り込む植物を見て、鉢やサイズ感から、自分たちが作ったものはもちろん、どこの農家さんのものか気づくことがあるというもの。

nichidoriの植物はバイヤーや卸問屋を通して小売店に卸されている。顔を知っているとその人に合わせたおもてなしをするのが、彼らの強みでありオリジナリティ。だからわかる。

「ミックスを変えたり、幹だしを好みのものに変えたり。できる限りのおもてなしをするようにしています。会った時に、反応を聞くと、お客さんの傾向を教えてくれる。お客さんとバイヤーがいいと思うものって違ったりするんです。情報交換をすることで、僕らは常に需要のあるものを作れる。だからテレビやSNSでうちの植物を見かけると、嫁に出した子供を見ているような感覚になるんです」

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専門的な仕事をしているからこそ、専門家の意見は信じて取り入れる。自分のケアについても同じように。

5年前nichidoriを始めたばかりの頃は、自分たちが作っているものが果たして売れるのか、不安ばかり考えていたけれど、納得がいくものを作れるようになったのも、先輩農家さんたちからたくさんのことを学んだから。

「今、自信はあります。絶対的な自信ではないですけど。売れるものを相手に合わせて作るということから、自分たちの作ったものを売れるように働きかける。買ってもらえるように働きかけることができるようになりました。そこは5年前とは絶対的に成長できた部分。毎年少しずつアップデートしてみたり。同じものを作っていたけれど、飽きてきたので、ちょっと変えてみたとか。僕らが飽きたということは、買っている側も飽きているはず。なんか変わった?とか、アップデートした方がその先の可能性が広がる気がします。やってみて見えることがあるから、変化を恐れないようになった。ダメだったら、また挑戦してみればいいって」

“飽きた”という感覚は、彼らにとって変化や挑戦への指針になっている。それを“飽きた”という言葉を使い、軽やかに表現する。

その一言を聞いてnichidoriの在り方や2人の言動のすべてに合点がいった。

「信念は、僕らが楽しいとか面白いとか、ワクワクしながら仕事をすること。それができていないと買ってくれる方に何も伝わらないと思うんです。これしか作れないからと言い訳をして、作業として生産しているだけでは、どこかでその安直な気持ちが伝わってしまう気がする。楽しいから、工夫もできる。見えない部分だけど、見えていると思って仕事をしています。だからこそ、僕らが“飽きた”と思ったら何かを変えないと、将来的に結果につながってくると思う。僕らと一緒にワクワクしてほしい。共有できることで、もっと多くの人が植物を愛で、生活が豊かになるところにつながって、5年後、10年後にいい変化が起きているはずと期待しています。そういう意味でも“飽きた”という直感は、変化のタイミングを知らせてくれる合図のようなもの。次の楽しみを伝えていくために、自分たちが変わっていくということですから」

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わからないことがあると立ち止まり、向き合って直ちに解決する。そして自分の感覚を信じているからこそ、一石を投じていく。
例えていうなら、彼らは植物生産という大海原を、nichidoriという船に乗り、長い航海をしているような。

どんな逆境が襲ってこようが、すごく大きな羅針盤を持っているから、きっとどこまでも旅という挑戦を続けられる。そしていつか新しい世界を作り出すことができると願っています。

PROFILE

⼤村剛史・千莉奈/おおむらたけし・せりな 1980年より愛知県渥美半島にて観葉植物の⽣産業を営む⼤村園芸の⼆代⽬として夫婦でその屋台⾻を担う。 中規模農家だからこそ出来ることは何かを常に考え、そこから⽣まれる想いやアイデアを込めた植物の⽣産を⾏う。2016年、新たに活動名義をnichidori とし、“農業”という枠に囚われない新たな取り組みに挑戦している。