/ 瀬⼾優(彫刻家)
何事もポジティブな思考で変換し実現していく
オセロット、チーター、ライオン、ウサギ、犬、フクロウ…テラコッタの作品にガラスの瞳が入ると命が吹き込まれたように、生き生きと見える動物たち。見つめていると思わず引き込まれる、そんな表情豊かで今にも動き出しそうなリアリティを感じる作品を作るのは、彫刻家・瀬戸優さん。現在27歳の若手彫刻家だ。
彫刻との出会いは、美大予備校で。その後東京藝術大学へ入学し、彫刻を学んだ。
「幼い頃から動物や自然科学が好きで動物園や博物館へ行ったり、図鑑を見ているのが好きで、家に帰ってから見てきた恐竜や動物の絵を描くと母に褒めてもらった。それが嬉しくて絵を描くことが好きになりました。美大へ進路を決めたのは高校三年生の時。特段絵が上手かったというわけではなかったんですけどね。それから美大予備校に体験に行って、初めて彫刻という科目があることを知りました。そこで立体で作られる彫刻の世界に興味を持ち、彫刻科を目指すことになったんです」
どちらかと言えば厳しい家だったという瀬戸家。大学卒業後は、企業への就職以外は許されなかった。だからこそ早い段階で結果を出さないとといけないと思い、瀬戸さんは在学中からアーティスト活動を始めた。
「大学一年生の頃、一日一枚動物の絵を描いてTwitterに載せていたところ、だんだんとフォロワーが増え、その絵を売ってくれませんか?という方が現れました。自分の描いた絵が売れる、という初めての体験でした。それが作家活動の始まりとなり、彫刻家を目指すきっかけの一つ。今思えば、当時は発信力が強すぎて、作品の供給とクオリティが合っていなかったなと。絵がどんどん売れるようになっていくうちに、このままだとイラストレーターになってしまうのではないかという悩みもありました。大学院一年生で『ART FAIR TOKYO』に出展することになり、そこで成果が出なければ就職しようと考えていましたが、完売という結果を残すことができたので、そこで彫刻家として活動していく覚悟を決めました」
粘土で形を作っていく粗付けから、焼き上がって色付け、最後に目をいれる。その間に乾燥や、焼いて冷ますなど様々な工程を経て、一つの作品を作り上げるまでに最速でも半月かかるという。そんな制作段階で大事にしているのが、“切り替え”と“リズム”だ。
「プライベートと仕事の切り替えが明確にあること。作業はだいたい10時から18時までの定時制にしていて。例えば、造形や、毛の一本一本といったリアルの追求は、時間を無限にかけられる。だからこそ限られた時間の中で、集中して制作する。そのスピード感や色付けの荒さ、指の跡が残っているからこその形や味が出て、作品のテーマである“野生”だったり、“リアルさや生命感”、“オリジナリティ”に繋がっていると思っています。作業中は短距離走をしているような感覚に近いですね。それから仕事の種類も意識的に増やすようにしていて、彫刻作品を作る以外にもデザイン業務をしたり、写真を撮ったり。作品を作りたくないときは絵を描いたり。絵を描きたくないときは、事務作業をしてみたり、切り替えに近い感覚で作業にリズムを作ることでモチベーションを維持しています」
彫刻家という仕事において、一番テンションが上がる瞬間は物事が決まるときという瀬戸さん。企画を考えることが好きで、常に頭の中にあるたくさんの作りたいものの中から何を作ろうとワクワクしながら次の作品や展示の構想をしているという。
「ポジティブな性格なので、挫折をしたことはないです。人によっては挫折だったことはあったかもしれないですけどね。例えば、展覧会がコロナで延期や中止になってしまったとしたら、すごく落ち込んで、“この展覧会にかけていたのに”とネガティブ思考になる人もいるかもしれないですが、僕はそれならオンラインで何か売れる仕組みを作ろう、ギャラリーにデータを渡して動いてもらおうとか、常に前向きに考えています」
承認欲求が強いと瀬戸さんは自分を客観視する。自分で作って眺めているだけでは物足りない。人に見てもらわないと意味がない。その強い意志が原動力につながっている。
新しい場所でも変わらない価値観とともに
「作家はマルチじゃないと厳しいと思っている」という言葉通り、瀬戸さんは全て自分で実行し、計画的に実現していく。現在のシェアアトリエは、自宅を探している時にたまたま見つけた物件。改装可能物件だったので、シェアアトリエに最適と思い立ち、すぐクラウドファンディングサイトを立ち上げ、2週間で契約。壁に断熱材を入れたり、床を貼ったり内装まで自身で手掛けた。他にも月額制のオンラインサロンの運営に、デザインや写真など活動の幅は広い。8月にはYouTubeチャンネルも立ち上げる予定だという。
「好奇心が旺盛で、興味があることは徹底的に調べ尽くす。座右の銘は“思いたったらすぐ行動”。やってみたいと思ったら調べて、すぐ挑戦してみる。どうしたら得が生まれるか、を考えるのも好き。サービス能やビジネス能が長けていると言えば聞こえはいいですが、悪く言えばずる賢いのかもしれない。芸術家って、メリットデメリットを考える前に、衝動が勝つイメージがあるけれど、僕はそれができない。効率を考えたり、どちらかと言えば用意周到なタイプ。もちろん直感で決めることもありますけどね」
それはもの選びにも通じている。制作に必要な道具は、学生時代にバイトをしながら買い集めたものを今でも大事に使っている。長く使うためにいいものを多少高価でも頑張って買うようにしているから。趣味の料理で使っている鍋も鉄のいいものを買って育てているという。ヘアケアやコスメも同様だ。
「ファッションやコスメ、ケアは好きで、気を遣っています。選ぶ基準は、香りが好きとかパッケージに惹かれるとか、気分がよくなるとか、ちょっといいものを使うようにしています。それを使っている自分も好きになれる。だからなんでもいいとか、安いものでいい、という感覚はなくて。自分にとっていいものを選ぶことが一番。知る人ぞ知るとか、一点ものにも惹かれます(笑)」
35歳以下で、彫刻家として活動できている人は、ほんの一握りという厳しい世界ではあるが、瀬戸さんはマルチに活動の幅を広げながら、彫刻家としての成果を堅実に残している。がむしゃらだった学生の頃の自分と、今の自分を比べて、生活に変化はあるものの、心境にはあまり変化はないという。
「現実主義なので、明確な目標は幾つもあるけれど、可能性がないような大きな夢を口にはできないんです。目の前の目標を堅実に、着実に叶えていくような。ただ生活は変わりましたね。収入も増え、事業としても大きくなり、今年からアルバイトを雇い始めました。責任感も増しますし、効率も今まで以上に考えるように。選択肢も増えて、ちょっとずついろんなことが変わり始めた感覚に今います」
2年後には地元小田原に住居兼アトリエを建て、拠点を移す予定の瀬戸さんは、今まさに変化の中にいる。正直彫刻家として生計を建てられていることが奇跡に近い。これ以上何かを望むのはおこがましいとさえ思っている。だからこそ現状維持を続けること、今と変わらずにいたいと望みながらも、必然的に訪れる生活の変化。そんな瀬戸さんが5年後に叶えたいこと、思い描く未来とは。
「5年後、全然想像できないですね(笑)1ヶ月後何が起きているかもわからない。現実主義だけど、飛びつく時は衝動で飛びつくので、心境が変わってしまっているかもしれない。でも作品作りにおいては、叶えたいことがあります。大学院の卒業制作で作ったものなのですが、今まで作った作品の中で一番大きい作品がシロサイ。5年後にはそれを超える大きな作品を作りたいですね。自分の作業場で作れる最大規模の作品を毎年更新していきたいという目標はあります。小田原に新しいアトリエができたら、それが叶えられるかもしれないですね。それから今の状況が落ち着いたら海外のアートフェアにも出展したい。あとアフリカに野生の動物を見に行きたいですね」とリアルな夢が溢れる。
“野生”というコンセプトからは外れないこと、実物大で作ること。自分のコンセプトから外れることなく作品を作り続けている瀬戸さん。彫刻家・瀬戸優と言えば、焼き物にガラスが入った彫刻とか、必ず実物大のものを作っているとか。変わらずに在る自分の中の価値観を大切にしながら、目標を着実に達成しステップアップしていく。
瀬⼾優/せとゆう 1994年神奈川県⼩⽥原市⽣まれ。⾃然科学を考察し、主に野⽣動物をモチーフとした彫刻作品を制作する。彫刻の素材であるテラコッタ(⼟器)は作家の触覚や軌跡がダイレクトに表⾯に現れ、躍動感のある作品となっている。画廊での展⽰販売を中⼼に国内外へ幅広く作品を提供。