/ ⽵沢むつみ(⾰作家)
⽇常にある美しいものを表現するセンスへの憧れ
竹沢さんの中の“好き”という感覚を導いてくれた人。それがネイチャークラフト作家の長野修平さん。何度も読み返したであろう、その痕跡が残る2冊の本をパラパラとめくり、長野さんが建てたこのアトリエ小屋が載っているページを見せてくれた。
この場所は、 身近にある自然素材で暮らしのものを生み出している長野さんから受け継いだ大切な場所だ。使用できる期限は10年程と言われたが、修繕と補強を繰り返し20年が経つ今もなお、いい味を醸し出しながら綺麗な状態で、竹沢さんのアトリエとして恩方の森に在る。
レザーと彫金を使ってもの作りをしている作家の竹沢さん。専門学校時代に、ジュエリー制作を学び、この道へ。もともとは八王子市内の実家で創作を行っていたが、手狭になってきたこと、レザーに穴を開ける時のカンカンという作業音が住宅地の中では気になること、自然の近くで創作をしたいという気持ちがこの場所への移住を決意させた。この場所との出会いは、15年程前。この地域で開催されている工房展、現『陣馬山麓アトリエ展』を訪れたことがきっかけに。現在は出展者として竹沢さんも参加している。
「『陣馬山麓アトリエ展』は、この地域で活動されている陶芸家の方が焼き物を出していたり、染色作家、木工作家、ガラス作家などそれぞれの知り合いの作家さんらを招いて出展してもらっている合同展。お客さんとして初めて訪れた時に、このアトリエを見て、直感的にすごく好き!こんなところでもの作りがしたいと思ったんです。長野さんとの出会いもそのイベントで。今でも鮮明に覚えています。流線形が美しい流木で作られたベンチが置いてあって、話しかけたら、私が気に入ったことを喜んでくれて。自然にできた流木の形を“形が色っぽいでしょう”っていう言葉で表現するその感性に憧れました。その後タイミング良くこの近くに住んでいた友人が、よかったら住まない?と誘ってくれたのが8年前のこと。引っ越してきた当時は、長野さんも近くに住んでいて、教わって作った作品もあります。私にとっては、人生の分岐点に出会った大きな存在であり、憧れの方である。長野さんの引っ越しを機にこのアトリエ小屋を引き継ぎました」
自身で創作をする前は、恵比寿にある革物屋さんで働いていた竹沢さん。そのお店が掲げる“すべてがアクセサリー”というコンセプトに共感し、自分のもの作りにおいてもそうありたいと誓った。創作も生活の場も、どちらかと言えば、不便な環境に身を置くことをあえて選択。もちろん不安や心配事もあったけれど、それ以上にここで暮らすことの期待度や楽しみの気持ちが強かった。結果的に、その選択は、後々彼女の作風にも変化をもたらすことになる。
「手作業の荒さ、よくいえば温もりが残る感じにしています。温もりという言葉ではちょっと綺麗すぎちゃうかな、手仕事感が残るような。アクセサリー製作では型取り以外の工程はすべてここで行っています。機械にあまり頼らないように、革製品はすべて手縫いで。機械では出せない味や、ミシンでは出せない縫い目。そういうのが私の作品の特徴です。コロナ禍もあって、暮らしのものにも目がいくようになり、身につけるものだけでなく、もともと作っていたティッシュケースのほかにも、モビールや一輪挿しといった暮らしの中のアクセサリーも作るようになりました。家が身に着けるアクセサリーですから。“すべてがアクセサリー”というテーマに少しずつ近づいてきた、明確になってきた感じがします」
以前旅したカンボジアのアンコールワットのほとりにクローバーがたくさん咲いていて、それがすべて四葉のクローバーだったそう。こんなこともあるんだと、竹沢さんがふと空を見上げるとトンボがたくさん飛び回っていた。それを見た時に四葉のクローバーがトンボになったというストーリーが浮かび、のちに葉が羽に変わる形を表現したモチーフのアイテムが生まれた。この出来事は竹沢さんのものづくりにおいての核となり、ストーリーが生まれるものづくりがしたいと思わせてくれた大切な出来事だった。
自然や地域と共生し
新しいストーリーを紡ぐ
野山に分け入って草木を摘み、植物が蓄えてきた色を導き出して糸を染め、その糸で革を縫い上げる。作品の素材である革は、植物タンニンなめし革を採用。端の端まで使い切るため最後はマグネットや画鋲へと最小サイズまで形を変えなるべくゴミが出ないよう素材を大切に使って作品作りを続けている。
「ここで暮らすようになってから必然的に自然との共生や繋がりを考えるようになりました。作品でそういうことを表現するようになったのもここにきてからです。生活水の一部は沢の水。洗濯やお風呂の水はそのまま沢に流れてしまうので、使う洗剤やシャンプーにも気を遣います。cinqueのシャンプーは自然にも優しいと聞いたので、我が家でも使えそうです。自分のケアと自然への気遣いが同時にできるのも、嬉しいですね。またこの場所は四季の移り変わりを肌で感じられて、美味しくて綺麗な水と木々に囲まれたこの場所は環境としてはパーフェクト。自然を壊さず、きちんと還る、そしていい香りで気分が上がる理想的な生活用品がもっと増えるといいですね」
作品作りにおいて最初の頃は、自分が作りたいものを作ってきたと話す竹沢さん。ここに移り住んでからもの作りにおいてもまた、自然との共生を考えると同時に、地域のことも深く考えるようになった。
「結構動物が出るので、隣町から、鹿や猪の革を使って何かできないか?というお話をいただいて革の有効利用を始めました。その革でものを作り、販売して、売り上げの一部を猟師さんらに還元しています。ほかにも私が染めた糸を編み物やもの作りをしている友人や作家さんに託して、作品を作ってもらうことも始めました。自分の作りたいものだけでなく、いろんな人を巻き込んで地域だからこそのものを生み出していけたら、そして活性化できたら理想です。また動物愛護をはじめ、いろいろな考えがある時代ですが、地域独自の考えや手段で、共生していく方法を考えることも大事なんじゃないかと思っています」
何かに使えそう、面白いからとりあえず買ってみる。そうやって竹沢さんは日本各地の古道具屋を巡って蒐集する。作風にも現れているように、機械的に作られた物よりも温もりのある手作りのものや、朽ち果てる前の段階のもの、錆びているものが、ただ好きだから。
だからあえて作る作品に加工はしない、シンプルに作って買った人の手と時間によって変化していくその過程を楽しんで欲しい。彼女が作っているものとこの場所と、ここに在るものがぴったりハマった。
「作業台にしているテーブルは、昔修道院のキッチンの作業台として使われていたもの。古道具屋さんで購入したのですが、もともとステンレスの板が貼ってあったものを剥がして売られていた。包丁をいれられる収納が付いていたり、今はそれをちがう用途で使っている。時代とともに、形を変えながら、使う人も変わりその役割も変わっていく。そうやって受け継がれていくもの、そこにあるストーリーが好きなんです。そうやって買い集めたものと真鍮や革を組み合わせて新しい作品作りも考えています。試験管を使って作った一輪刺し、貼ってある板は青森の海岸沿いで拾った板。もしかして雪駄だったんじゃないかなという形。そうやって考えたり、想像させるということに面白みを感じています。展示会で自分が在廊している時、作品の説明やそのストーリーをお話するのがすごく楽しい。何に見えますか?とか。人から見たらゴミかもしれないけど、手を加えたら、新しい何かに変わる。今後そういうものを増やしていきたいなとは思います。」
竹沢さんは、人の手が加わったもので何か新しいものを生み出すというよりも、今あるものを再生させる、利用することで新しくする方向を目指している。本当に良いものはどんなに時が経っても魅力が褪せないこと、有名無名は関係なく、日常にある美しいものを見つけることの大切さを胸に、作品に新しいストーリーを吹き込んでいく。
竹沢むつみ/たけざわむつみ 1983年、東京都八王子市生まれ。専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ卒業。レザークラフトとアクセサリーを制作する作家として活動。作品の屋号である「salikhlah(サリヒラフ)」は、モンゴル語で「風が吹く」という意味。