Burn into memories
Vol.9 記憶に残るデザート作り
/ 根本理絵(パティシエ)
Burn into memories
Vol.9 記憶に残るデザート作り / 根本理絵(パティシエ)
RIE NEMOTO
Pâtissier

美味しいという味わいだけでなく

香りという記憶もデザートに込めて


「よく母と一緒にお菓子を作っていたんです」幼い頃の思い出がパティシエを目指すきっかけとなった根本理絵さん。好きを仕事に。その思いを胸に、自然な流れで製菓の専門学校を卒業後、パティシエの道を歩んでいる。

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これまで、結婚式場で式に関わるスウィーツ作りや、ケーキやお茶菓子を販売する洋菓子店で働いてきた根本さん。

好きを仕事にした彼女は、そこで初めての挫折を経験する。

「洋菓子店で働いていた時。初めての職場であることと、下積み時代の過酷な労働環境が重なって、肌荒れや手荒れといった体の不調が出ただけでなく精神的にも苦しい時期がありました。それなら環境を変えようと、サービス側に一時的に転向させてもらったんです。そこでは接客を通してお客様と会話をしたり、どうしたら売れるかといったプランを考えたり。それはそれでプレッシャーにはなりましたが、2年後パティシエに戻った時は、作ることへの感覚が変わっていました。今はその経験があってよかったと思っています」

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その後、東京・南青山にあるフレンチレストラン『レフェルヴェソンス』でパティシエとして働き始めた根本さん。自分に構うことなく働いていた洋菓子店時代からは意識が変わり、シェフとして見た目もきちんとしないとと、ワックスで髪を整え、疲れた顔を見せないよう、自分のケアもきちんとするように。レストランでは、ハイレベルなスウィーツ開発を求められ、常に頭の中はフル回転していたと当時を振り返る。

「レストランではレベルの高いものを求められていたので、どんな食材を使うかというところからメニューを考えていました。季節のフルーツを探しに、産地を訪れることも。かなり広い範囲から、何を使ってどんなものを作るかということを、家に帰ってからも、お休みの日も、四六時中考えていました。お客様の期待に応えたい、その思いだけが原動力だったと思います」

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スウィーツやデザートは、パーツ同士を組み合わせたり、アイスとフルーツのように味を組み合わせることで完成する。その一つ一つのパーツをいかに美味しく思ってもらえるか、その構成を考え、培った技術力でパーツを組み立てていく。さらにそこに香りの組み合わせを考える。味はもちろんのこと、香りはそれ以上に人の記憶に強く焼きつくもの。少しの香りで、一皿の印象は変わる。それこそが根本さんらしい記憶に残るデザート作りの真髄だ。

リサーチも兼ねて、よく食べ歩いていたという根本さん。デザートを食べる時の表情は真剣そのもの。一緒に行っていた友人からは「顔が本気すぎて強張っている、同業だってすぐバレるよ(笑)」と注意されていたほど。それくらい研究熱心だったのだろう。レストランで働いて3年。30歳手前で、第一子の妊娠が発覚。それがのちに根本さんの人生の転機となる。

「26歳から働き始めて、30代手前でこれからの働き方を考えていたところで妊娠が発覚し、職場を離れました。独身の頃のように長時間働くことが必然的にできなくなってしまった今、どういう方法でお菓子作りを続けていこうか考えていたところ、知人からMarutaを紹介してもらったんです。ちょうどパティシエがいなかったこともあり、デザートを考えて欲しいと依頼をうけ、メニュー開発からスタートしました」

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パティシエとしてスウィーツやお菓子を作ってきたけれど、母になった今、限られた時間の中で、大好きなお菓子作りにこういう形でも関われることが嬉しかったという。2人目が生まれ一時的にMarutaも離れたが、コロナ禍でお店自体の営業形態が変わったことで、再び復帰。“ローカルファースト”というお店のコンセプトに合わせて、これまで作ってきたデザートやお菓子とは、また違うテイストでスウィーツ作りに励んでいる。

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誰かを少しだけ幸せにする

そんなお菓子作りをしていきたい


東京・深大寺のすぐそば。静かな住宅街のところどころに野畑も存在するのどかな東京の郊外に、一軒家の薪火料理の店Maruta(マルタ)はある。店の中央には、店名の由来でもある丸太が常にくべられた大きな薪火のオーブン。向かいには広々としたオープンキッチンがあり、料理人たちが腕を振るう姿をゲストは食事を楽しみながら眺めることができる。“ローカルファースト”というコンセプトを掲げ、野菜などの食材は、地元の農家から。またレストランの裏に広がるエディブルガーデン(食べられる庭)で採れたハーブや果実を使ったメニ

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「野草や、木、フェイジョアなど、⾝近にあるけれど、今までは⾷材として⾒ていなかったものや⼀般流通していないもの、メインにはならないような食材を使ってデザートメニューを考えています。季節ごとに収穫した食材を、とりあえずこうしておこうといった感じでシロップにつけたり、塩漬けにしたりして保存食に。あとから、これにあれを組み合わせみようと、足していく作業をしてメニューを考えています。レストランの時は、これには薔薇が合うな、どこから取り寄せようと考えていたから真逆ですよね。今までとは違う思いつきもあって、よりクリエイトしているという感覚になりました。味や香り、季節の果物と庭のもの、その組み合わせ方を考えるのが楽しいです。それにMarutaはオープンキッチンなので、見られていると言う意識はより強くなりました。清潔感とか、乱れていないかとか、限られた自分時間の中でもケアは最低限して、子供がいるって言ったら驚かれるくらいでいたいですね」

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ある意味で自由な範囲の中で創作をしていたレストランから、縛りのあるMarutaでのデザート開発への転向。また違った生みの苦しみがある一方で、今までは思いつかなかった閃きや発見の連続だという。

「薪火を使った料理を提供するので、もちろんデザートにも使用します。お肉や野菜だと調理の想像はしやすいのですが、オーブンとは違い下火だけなので、ケーキを焼いたりするのがなかなか難しい。お菓子となると頭を悩ますこともあります。でも季節のフルーツを丸ごと焼くと生で食べるより美味しかったり、雑草と呼ばれるスギナが庭先でよく採れるのですが、乾燥させて粉末にしたら抹茶みたいな香りがして、それでクッキーを作ったり。苦しみもあれば、目線を変えた新たな発見もあって面白いです」

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お菓子の中でも好きなのは、焼き菓子という根本さん。最近Marutaとは別に自分でもオンラインで、作ったお菓子の販売を始めた。

「好きなお菓子や、今まで作ってきた総集編という感じでスタートしました。Marutaに来るお客様は非日常を求めてくるけれど、私はどちらかというと日常の中でのちょっとした楽しみになるものや、あることでおやつの時間を設け気分転換ができたり。そういう小さな幸せを提供できたらいいなという思いを込めて作っています。特別なものというよりは、一般的だけど面白いものを意識して。今後はお菓子教室を開催したりしていきたいですね」

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パティシエとして常にチャレンジを続けていた5年前。子供が2人いる今は当時と同じようなペースでは働けないけれど、産む前は想像もしていなかった、レストランで働くということを実現できている。可能性は自分で決めちゃいけないと根本さんは言う。

「私にとって子供の存在は、とても大きいです。パティシエという職業を、時間が無いからと諦めずに、色んな可能性を見つけながら続けていこうと思えるのは、将来子供が自分のやりたいことや夢を諦めずに追いかけていくことを、ちゃんと応援できる自分でいたいと思っているから」

お菓子を通して生活が充実したとか、作れるようになって嬉しいとか、誰かを幸せにするようなお菓子作りをすることで、自分も幸せな気持ちになれる。お菓子は、いつの時代も人を幸せにする特別なご褒美。これから先も根本さんは小さな幸せを提供し続ける。

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PROFILE

根本理絵/ねもとりえ ⾼校卒業後、辻製菓専⾨学校でお菓⼦とパンを学ぶ。京都、⼤阪のパティスリーで約7年間働き、25歳の時にフランス菓⼦店のシェフを務め、26歳でミシュラン⼆つ星レストランに⼊り、その後シェフパティシエを約3年務める。現在は東京都調布市にある「Restaurant Maruta」でパティシエを務め、メニュー開発、製造を担う。レストラン業務と並⾏して、「LieR.oyatsu」として本格的におやつブランドの⽴ち上げる。