Personal Addict
Vol.2 想いをそのまま行動にして

/ 梅澤直美(養蜂家)
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Vol.2 想いをそのまま行動にして / 梅澤直美(養蜂家)
NAOMI UMEZAWA
BEEKEEPER

会社員から養蜂家へ

⾃然と共に⽣きるという選択

ミツバチのことを語るとき、彼女は遠くを見ることがある。
ミツバチたちが蜜源を探し、自由に飛び交う3km先、あるいはもっと先だろうか。その目線の先には南アルプスの美しい稜線が広がっていた。

南アルプスに移住して5年4ヶ月。養蜂家の梅澤直美さんは、自然がもたらす厳しさや楽しさ、美しさ。すべてを受け止めて、自然と共に生きている。

「山登りやクライミングが趣味で、平日は都内で会社員をしながら、週末は山梨や長野に通い詰める生活をしていたので、いつか山のそばで暮らしたいという思いがありました。ちょうど仕事の区切りがついたタイミングで、南アルプス市の地域おこし協力隊の募集を見つけて、移住を決断して。全国的に見ると地域のPRのために各県の観光課が募集することが多い中、南アルプス市の地域おこし協力隊支援事業は、農政の管轄。新たな農業の担い手を育成することや、地域農業の活性化を目的にした農業研修の中で出会ったのが養蜂でした」

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山梨の名産である、サクランボやスモモ、キウイなどの果樹栽培や、ワイナリーで醸造用のブドウ作りを学んだり、様々な農業経験を積む中で、梅澤さんの心を掴んだのは養蜂だった。

とにかくミツバチが可愛く、生態を知れば知るほど面白いと話に熱が入る。

「養蜂家は男性が多い中、女性がはちみつを作ったらまた違う良いはちみつが出来上がる感覚がありました。女王蜂が子供達を従えて働かせているくらいですからね(笑)。きめ細やかに配慮し、手間をかけて育てた蜂からはちみつを作れたら、新しいはちみつの価値を作れるかもしれないと信じて、協力隊の2年4ヶ月の期間中の早い段階から養蜂家を目指すことを決めて勉強を始めました」

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代々農家や養蜂をやっている家は、道具もノウハウもすべてが揃っている。一方梅澤さんは、女一人で移住し、道具もない、ミツバチもないというマイナスからのスタート。さらに何十年もはちみつを作り続けている家より、もっといいものを作ることができたなら。高い理想ではある。

圧倒的不利な状況に四苦八苦しながら始まった養蜂家としての人生も、今年で4年目。目指すべきものがあったから、あらゆるアイディアを試行錯誤し、不利な状況さえも味方につけた。

「言い出したらキリがないほど、始めたばかりの頃はマイナス要素ばかりでしたが、女性が1人と聞くと、周りが気にかけて、手を貸してくれる。移住してきた女性が1人で養蜂をやっていると聞いた地元メディアからの取材を受けたり。私が作るはちみつだけでなく結果的に地元のPRにもつながっているので、いいところもたくさんあります。ミツバチの巣箱を置いている農園では、スタッフの方が応援しているよ、頑張ってねと声をかけてくれる。自分の不利な部分を上手に利用していくことの大切さに気づきました」

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養蜂は、半分畜産で半分農業。養豚場、養鶏場と同じく畜産課に届を出して養蜂場を作るが、豚や牛と違い、ミツバチに飼料は必要ない。彼らは自然の中で栄養をとるから。そこからは農業の扱い。だからこそ自然環境の変化は、ミツバチたちの生態にものすごく影響してくるのだ。

全国的に梅雨が長かった2020年、梅澤さんが作る『730HONEY』に大打撃が襲う。山梨では6月、晴れた日が2日だけだったが、それでも最低限のノルマは達成したからほっとしたと話す。

「最初の1、2年は、作業だけに集中もできなくて。書類やら、販売、営業とやったことのない業務を1人でこなすことで、精一杯でした。4年目になり少し余裕が出てきたかなと感じています。10箱から始めた巣箱も、年を増すごとに増やして、今23箱になります。繁忙期の4月〜9月は、休みが1ヶ月に3日ほど。巣箱の移動は早朝5時くらいか晩の間。日中ミツバチは巣箱から出て働き、夜は巣箱に戻って育児をしたりしている。ほぼ24時間働き続ける彼らをみていると心が痛むので、自分も頑張らないと、って思うんです。それでも、月3日の休みのうち2日は、クライミングをして山で過ごす時間を作っています。そうやって双方のモチベーションを高めていくんです」

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ミツバチは12月になると越冬のため巣篭もりに入る。そこから2月までが梅澤さんの本格的なクライミングシーズン。今は難しいが、クライミングのために東南アジアやアメリカへ行っていた。

そして3月になると繁忙期に向けての準備を始める。
巣箱を開き、冬を無事に越え、生き生きと飛び回り始めるミツバチたちを見た瞬間テンションが高まり、また頑張ろうと意気込む。そうやって梅澤さんは、養蜂と山を行き来する。そのルーティンが彼女を新たな挑戦へと導いているから。

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5年後も好きなものと⾃分らしく⽣きる

それがこれからの秩序



「私の人生に山があってよかった。山登りをしていなかったら山梨に移住してこなかったし、ミツバチとも出会うことはなかった」

クライミングを始めたのは29歳の時のこと。30kgの荷物を背負い、北アルプスの3000メートル級の山を1週間かけて登るなど、なかなかハードな山登りをしていた梅澤さん。そんな山登りの途中で見ていた岩稜帯の美しさに惹かれクライミングをするようになった。
冬は、壁を登りながら雪山を登ったり、凍った滝を登るアイスクライミングを楽しんでいる。

体力には絶対的な自信があった。だからこそ農業も、女性が1人でも絶対やっていけるという自信が。

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「ストイックにクライミングをやっていたので、怖いことも大変なこともたくさん経験しました。それに比べたら養蜂は、岩や崖から落ちて死ぬわけじゃない。仕事が辛い時はそう思って奮い立たせていましたが、最近は仕事に比べれば、山やクライミングは趣味で、遊びでしかないと思うようになりました。メンタル的に強くなりましたね。体力的、肉体的、精神的に、仕事と趣味の双方が良いように影響し合うようになってきた。例えば、高い山に登れたら、巣箱を増やしてもっとはちみつを取ろうとか。今年目標にしていた以上にはちみつが取れたら、あの山に挑戦してみようとか。どちらかで身についた自信が、どちらかの新たな挑戦に繋がっている実感があります」

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山とミツバチ、趣味も仕事も自然と共に生活しているからこそ、食べるものや自身のケアで使うものは、不自然なものではなく、自然由来のものを選んでいる。
オーガニックなものを摂っていると、ミツバチたちも心地よく生活ができるのではないかと思うから。

「養蜂とクライミング、どちらも高く評価されていたとしても、いつも疲れた顔をして綺麗にしていなかったら、それって幸せなのかなと思いますよね?だから、定期的にヨガをしたりマッサージに行ったり体のメンテナンスは大切にしています。40歳を超えてから変わってきた髪質や肌質も、年齢が出やすいので、なるべく自然のもので、自然体で綺麗にいられるものを選んでケアしています。ここは水も空気も綺麗なので、それが一番効果的なのかもしれないですけどね」と笑いながら梅澤さんは言う。

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初年度は200kgしか採れなかったはちみつの収量も、2年目は300kg、3年目は370kg、今年は450から500kgは採りたい。そして来年は600kgを目指すと意気込む梅澤さん。

来年、養蜂家として独立して5年目を迎える。その堅実で勇敢な挑戦が形となり、確かにそこに生きている。

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「5年後、さらにその先の未来に向けて思い描いていることが2つあります。1つは、ミツバチを使った地域活性と農業活性。ミツバチはひとつの環境指標だと考えていて、彼らが生きられる環境というのは、人間も絶対に幸せに生きられる環境。人間が食べる食物のうち9割が農作物、1割が畜産や水産物。その9割の農作物のうちの7割が、ミツバチが受粉することによって作物になる食物です。彼らが受粉しないと私たちが食べるものが育たない。だからこそミツバチが幸せに生きられる環境を作ること。それが1つの目標。2つ目は、生活あるいは人生において良いバランスを取り続けること。今はまだ仕事中心の生活。仕事をするためだけに山梨に移住してきたわけではないので、自分がやりたいクライミングとのバランスを上手に取って、より生活を、人生を豊かにしたい。それでも今年は少し余裕ができた。自分でこう言えるということは、そうなのかなと。余裕を感じられないと仕事を続けていく意味が見出せないし、なりたい自分になるために、自分を導いていかないと、続かないと思うから。5年いて、一度も飽きずにこの景色を見ていられた。5年後も10年後も、この景色を見ながら過ごしたい。それってすごく贅沢ですよね」

好きなものも養蜂への姿勢も変わらない。でも梅澤さんの今と未来は繋がり豊かになっていく。梅澤直美という人を、正直に投影するミツバチたちとともに。

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PROFILE

梅澤直美/うめざわなおみ 神奈川県出⾝南アルプス市在住。趣味の⼭登りやクライミングが⾼じて、東京から南アルプス市に移住。2015年地域おこし協⼒隊員として、農業に従事。養蜂の世界に出会い、ミツバチの⽣態や働きを知るにつれて魅了され、2018年⼥性養蜂家として独⽴。